でいりいおくじょのBLOG

2022.08.15

安心と安全 添加物について

Youtubeレシピで

ソーセージやベーコンを使うと

そんなものを料理に使わないでください

みたいなコメントを必ずもらいます。

 

食品の安全性、添加物や原材料

料理研究家のくせに

気にせず使うのは無神経すぎる

みたいな。

 

善か悪か

黒か白か

 

これはだめ

これはいい、

という風に、一刀両断する傾向が強まっている気がしますね。

 

でも、実際問題

パキっと二つに分けられるものなんてなく

良いと悪いの間

黒と白の間には

限りなくグレーの部分があって

 

黒寄りのグレーもあれば

白寄りのグレーもあり

世の中の大部分のものは、

そのグレーの部分に属していてんじゃないかと思うんです。

 

完全に黒とか、完全に白とかって

私は、ない気がしているんです。

毒になるものでも、少量なら薬になることもあるわけだし。

 

しかも、

添加物に関しては

日本の場合、かなり厳しい基準があって

ちょっとでも食べれば、即刻具合が悪くなるようなものは流通していないということを

本で読みました。

 

そういう意味では

少なくとも、普通に食べる分に関しては

安全性は保障されていると考えてもいいのではと思っています。

 

でも、その安全性に関して

100%安全でないと安心できない人がいるのも事実で

そういう人は99%では、安心できないわけです。

ほんの少しの危険も許せない。

 

そこに、価値観の相違が生まれるわけです。

 

安全と安心は違い

安心できる感覚がひとぞれぞれです。

 

それにどう対応していくかという

選択肢は一つではありません。

 

ソーセージやベーコンに関していえば

まったく食べたくないというのは

一つの選択肢です。

 

でも、それが唯一の選択肢ではなく

安全性の高いソーセージやベーコンを選ぶ

という選択肢もある。

 

あるいは、食べる頻度や量を減らす

という選択肢もある。

 

どれが正しいわけではありません。

 

どれを選ぶかの問題です。

 

その時大事なのは

自分の価値観を人に強制したり

自分と違う選択肢をした人を非難しないこと。

 

自分の正しさを盾にして

それを絶対の正義と思って誰かを攻撃すること

それは、絶対に間違っていると思います。

 

誰もが、自分の意見を言える時代になりました。

だからこそ

自分とは違う意見や価値観があるということを認めるということが

とても大事だなあと思う今日この頃です。

 

その価値観に同調するのではなく

そういう価値観があるということを受け入れる、それが第一歩だと思うのです。

 

人を許すことは

自分を許すことであり

それは、一言で言いかえれば

優しさってことなんだと思います。

 

2022年5月8日とら

コメント

  1. はるちん より:

    奥薗先生。
    残暑お見舞い申し上げます。
    いつもYouTubeの動画を拝見しております。
    最近はほぼ毎日、奥薗先生のレシピです。

    添加物のことですが、保存料や着色料等が入っている物はなるべく買わない様に気を付けております。
    ですが、絶対に食べない!というのはなかなか難しい問題ですし、外食をすれば何かしらは入っているだろうと思います。
    子供が好きで買ってくるファーストフードに文句をつけていたら家族の仲も悪くなってしまいます。

    「何を食べるかより、誰と食べるか」が大事だと言いますし。

    食材や料理に気を使うのも大切ですが、作った料理や作ってもらった料理を
    「美味しいね!」
    と談笑しながらいただくのが幸せで健康的な感じがします。

    だから、奥薗先生の料理動画を拝見していたら幸せな気持ちになるのでしょうね。

    これからも動画配信を楽しみにしております。

    1. 奥薗壽子 より:

      何を食べるかより、誰とどう食べるか、その方が大切だと思います。
      家族と言えども、食に対する好みも価値観も違うので
      それを面白いと思えたら楽しいですね。
      これからも、食べること、作ることが楽しくなるような動画を配信していきますね。

      うれしいコメントありがとうございました。

  2. Amy より:

    私の記憶にあるのは20年以上前のことですが、出汁の素の本◯しが「食べてはいけない」の槍玉に上げられていました。その時、ある栄養士さんは「出汁の素を使って野菜たっぷりのお味噌汁を食べるほうが健康にいい」とおっしゃってました。煮干も昆布も全部いただくお味噌汁は便利ですよね。

    1. 奥薗壽子 より:

      一時期、その手の本がたくさん出回り。
      あれを食べてはいけないというようなことが、声高に言われ
      逆に、読んでしまうと洗脳されてしまい、何も食べられなくなってしまうので
      その手の本自体が、”見てはいけない”って言われていましたよね。
      今はそれがSNSを通して、知らない間に洗脳されることもあり
      同町圧力のようなもので、そう思わないといけないようになっている場合もあります。
      そういう意味でも、何を正しいと思うのか、きちんと自分の頭で考えないとと思います。

  3. sara-sara より:

    いろいろな状況で、食に関しては個人差はあるものだと思います。だから先生が提供して下さるレシピに、食べられない食材などがあったら、その先は自分の想像力で乗り越えていくのも一興だと思っています。自分で考えて自分で工夫していく。それが料理の楽しさだったり…。いろいろなアイデアを提供して頂いているわけだから、そこから先は自分次第だと。自宅にない(使えない)食材や調味料が出てきたときに、どんなふうに代用しようか?と考える。身近な工夫がレシピを見る楽しさにつながるように思います。先生の動画は学びがいっぱいでを見始めると止まらないです。

    1. 奥薗壽子 より:

      おおおお~~~~~~っ、素晴らしいです。
      そうなんです、そうなんです。
      レシピというのは、そういう風に見てもらいたいし
      そういう風に作ってもらいたいのです。
      うれしいです。ありがとうございます。
      これからもよろしくです。

  4. ぶんすけ より:

    そうですよね。
    カレー粉に関する記事でも思ったことですが、
    何を選ぶかってそれぞれの好きずき、金銭的、嗜好的な選択、思い出とともにある味、
    そういう背景で選んで食べているならいいんじゃないかと思いますし、尊重すべきだとおもいます。
    もちろん、知識があった上で選んたらよりよいかもしれません。
    でも、その知識も新たな知見で塗り替えられたりもしますし。
    結局は、「おいしいね」と笑顔で食べたものが、心も体も満たすのではないかな?と思います。
    (だから、前の方と同じ意見ですね)
    作ってみて、違うと思えば、作らなければいいというだけだし。

    そう思うと、シンプルなレシピの方が、作る人が自由になれていいですね。
    以前、先生が最近レシピにお酒を使わない、出来上がりの味がお酒のランク?に左右されてしまうから、というのを読んで
    作る人に優しさをってこういうことだなーと思い出しました。

    1. 奥薗壽子 より:

      そうなんですよ。
      何が好き、何を選ぶ、というようなことって
      人それぞれのはずなのに

      最近、同調圧力って言うんでしょうか
      自分と違う価値観を強い言葉で攻撃するようなことが起こっていて
      自と他の境界線、あるいは距離感が、ものすごくあいまいになっているなあって思っています。
      コロナにより閉塞感なのか、SNSの普及によるものなのか…
      明らかに、何かが変わってきていますね。

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