家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
グルメエッセイの古典ともゆうべき
「食は広州にあり」
(邱永漢著 中央公論社)
を、久しぶりに読み返してみました。
邱永漢さんといえば
晩年はお金儲けの神様のように崇められたかたですが
実は秀逸なグルメエッセイを書かれているんですね。
この本は
実は昭和29年に
あまから手帳に5~6回のつもりで書き始められたグルメエッセイが
いつの間にか10年以上も続いたそうで
それをまとめた一冊です。
戦後の食べ物について書かれた本の中で
四大良書の一冊だと
丸谷才一氏が、そのあとがきに書いておられるほど。
めちゃ美味しそうな料理の話はもちろん
料理や食材に関する蘊蓄が、またものすごいのです。
しかも、驚くべきは
昭和29年といえば
(私自身まだ生まれていないので、よくはわかりませんが)
戦後の復興の後で、そんなにみんながみんないいものを食べていたとは思えない時代に
こんなすごいものを食べおられたということが
まず、驚きで
中国人の食に対する思い入れの強さと
お金や労力の使い方に、圧倒されるばかり。
この本を最初に読んだのは
たぶん大学生くらいの時だったと思うのですが
あの時は、お金持ちのおじさんのグルメ本くらいにしか思っていなくて
(すいません!)
私とは、住む世界が違うわ~
としか思えず
それから、もう少しして
自分で毎日台所に立つようになってから読み返したのですが
やっぱり、ここまで家で料理しないだろうと思って
今回再度読み返してみても
やっぱり、すごいわ、としか思えませんでした。
いくらお金を持っていても、お金の価値なんてどうなるかわからないから
とりあえず、全部お腹に入れてしまえば間違いない
みたいな考え方も
改めてすごいなあと思ったし
鶏を一羽買ってきて
日本の菜切包丁でぶつ切りにしたら
一発で刃がこぼれてダメになった話とか
中国の家庭ではよく作る料理として
豚の脳みその料理が紹介されていたりとか
日本人は、そんなことしません!!
と、思わず突っ込みそうになる箇所が、たくさんあって
それはそれで楽しめました。
そんな中で、一番面白なあと思ったのが
中国人が、実はチーズには馴染みが薄い、という話と
日本のおでんはまずいという話。
チーズの方は、
もしかしたら、今はもう皆さんおいしく召し上がっておられるのかもしれませんが
少なくともこの本が書かれた当時は
蒙古人でさえ中国人にチーズを食べさせられなかったそうなんです。
シルククロードを通ってチーズが伝わってきたのだとしたら
もしかしたら羊や山羊のチーズだったわけで
そうなると、まあ、
かなり強烈な匂いがしていたとは考えられますね。
でも、およそ地上のもので食べられるものはなんでも口にする
と言われている中国人。
豚の脳みそとか、
南京虫の炒ったのとか
豆腐をチーズみたいに発酵させたのとか
日本人から見れば、チーズなんかよりももっと食べにくいものを
食べている感じはするんだけど。
日本のおでんについては
“まずい”とはっきりおっしゃっている
豆腐もこんにゃくもがんもどきも
それ自体はまずいものではないのに
スープがまずいと。
昆布とカツオの出汁で煮たのではちっともおいしくなく
鶏ガラか豚を入れたら、日本のおでんは格段に美味しくなるのに、と。
つまり
こってりとした脂の旨味のようなものが必要なんですよね。
さらりとしたあっさりと味が
美味しいという引き出しにどうしても入らない。
でも、今やこういう昆布や鰹の旨味って
世界的に認められる美味しさなわけだし
世界的に美食を誇る中国やフランスよりもいち早く
知っていた日本人って
ヤッパリ味覚が優れてるんじゃないかと
密かに誇りに思った次第。
この本に書かれているごちそうは
たしかにどれも、本当に美味しそうだけれど
私はかつおや昆布や煮干のだしであっさり仕上げた煮物や
シンプルな和え物なんかが
ものすごく食べたくなったのでした。
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