でいりいおくじょのBLOG

2013.02.12

食の安心と安全を考えさせてくれる本

食の安心と安全について
考えさせられる本を読みました。
 
「ブラックボックス」
(篠田節子著  朝日新聞出版)
篠田さんの作品は
「女たちのジハード」以来のファンです。
 
「ゴサインタン」とか「仮想儀礼」「弥勒」など
生と死、宗教など重たいテーマで書かれたものもいいですが
社会風刺を交えた、今時のテーマで書かれたものは
深い問題提起に考えさせられるものが多く
読み応え充分です。
 
そんな中でこの本は
週刊朝日に連載されていたときから注目していて
早く単行本にならないかなと心待ちにしていた一冊。
 
舞台は、都心から離れた農村に立つ最先端のハイテク農場。
そのハイテク農場のオーナー、剛。
大学の農学部で農業を学んだものの
生産性が上がらず、天候などに左右されやすい従来の農業に見切りをつけ
財産分与で手に入れた土地に、この野菜工場を立てます。
 
この最先端のハイテク野菜工場にノウハウを提供しているのが後藤アグリカルチャーで
地元では古くから肥料農薬メーカーとして知られている会社。
肥料や農薬まで、完全コンピューター管理により
一定品質の野菜を決められた量だけ、定められた時期に納入することが可能になっている。
 
収穫された野菜は
関連会社であるニュートリションというサラダ工場でパック詰めにされ
カフェや給食、病院などに卸されいる。
 
そのサラダ工場のラインで働いているのが栄美。
そしてそのサラダを卸している学校の栄養教員 聖子。
この3人は同級生。
 
都心から離れた場所
野菜作りには恵まれない気候と痩せた土地。
ハイテク農場の利点は
完全空調、水耕栽培、または人口砂礫栽培による完全無菌栽培。
バクテリアがいないので農薬は必要ないので、完全無農薬で栽培できるということ。
しかも、野菜工場なので気候に左右されない安定収入が期待できる。
 
この巨大野菜工場はこの土地に新たな雇用と収入を生み、
経済活性の旗印としての期待がかかっているのです。
 
ところが、じわじわと異変が起こり始めます。
 
野菜工場で作られた野菜をサラダ詰めする工場で働く外国人労働者の身体に
異変が起こります。
最初は、体の痒みや怠さといった些細な事でしたが
契約が切れて自国に戻った一人が癌でなくなってしまったり
深刻なアレルギー症状がでたり。
 
実はこのサラダ工場は、ここで作ったサラダとサラダを使ったサンドイッチは
ただでいくらでも食べることが出来るようになっていて
少しでも自国にお金を送りたい彼女たちは一日3食、ここの野菜を食べているのでした。
 
更に、ここのサラダ工場から製品を卸している学校で
子供のアレルギーが増え始めているという事実。
 
それが偶然ではなく、この野菜に原因があるではないかと考えた剛、栄美、聖子。
独自の調査をし
サラダ工場に送られて来る野菜にプレドレッシングといううま味調味料をかけていることを突き止めます。
ハイテクで作られた野菜は、完全無農薬ではあるけれどうま味や香りがないため
プレドレッシングといううま味調味料をかけて、美味しさをアップさせていたのでした。
 
更に、完全制御されているはずの野菜工場で、制御がホンの少し狂ってきていることを発見する剛。
 
この野菜は、そして野菜サラダは本当に安全なのか。
 
完全無農薬なので、禁止されている農薬を使っているわけでも基準を超えているわけでもない。
純粋な国産野菜であり、野菜工場直送でサラダ工場に運ばれるので賞味期限も守られている。
また、プレドレッシングに含まれているたんぱく加水分解物は
天然素材のタンパク質をアミノ酸に分解して作ったものなので
添加物ではなく、食品に分類され表示義務もない。
 
どこをとっても法に触れるわけではなく、
食の安全を脅かしているという根拠もない
けれど、現実は体の不調が起こり
アレルギーが増え、白血病を発症する子供までいるという事実。
 
学校給食も病院食も
この野菜工場のものが使われ、サラダ工場でカットされた野菜とサラダが提供され
離乳食にも使われている。
 
この野菜に不安を持ったとしても
この土地を離れて他の場所に行かない限り
この野菜からは逃れられない
食べ続けるしか無い恐怖。
 
このストーリーの結末は
ぜひこの本を読んでいただきたいのだけれど
 
人工的に作られた添加物や養液栽培や品種改良や
最初は不自然な違和感を持っていたものも
それが日常生活に組み込まれてくると
今度は、安心か安全かということを飛び越えて
それなしでは日常生活が回っていかなくなる可能性も事実としてあります。
 
また、日常生活に入り込んでしまうと
もやは不自然であるという感覚さえも麻痺してしまい
それが当たり前のような感覚に陥ってしまうあやうい現実もあります。
 
食の安全と安心の間には、大きな開きがあり
安心の基準は、あくまで自分の心の中にしかなく
 
自分が求めているものは何なのか
 
便利なこと、効率が良いこと、見かけが清潔であること
そんな画一的な基準以外のところにも
確実に食の基準はあって
 
自分は何を基準にものを選びたいのか
自分にとって優先すべきことは何なのか、ということを 
もう一度考え直すきっかけになります。
 
食の安心と安全に興味があれば、一読の価値がある一冊です。

コメント

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
また、* が付いている欄は必須項目となりますので、必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「送信」ボタンを押してください。

PageTop