家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
今日はいつもの友人と嵯峨野めぐりです。
嵐山からずーっと奥の方。
愛宕山という山があって、そこの登り口の鳥居がたっているあたりを鳥居本というのですが
そのまだ先にある愛宕念仏寺、化野念仏寺
祇王寺、二尊院、常寂光寺
という風に、結構盛りだくさんに回りました。
で、そのあたりの話は、後日またゆっくりと書かせてもらうとして
今日、どうしても書きたいのが鹿王院。
嵐山から嵐電で2駅行ったところに鹿王院という駅があり
そこから歩いてすぐのところにあります。
嵐山というと、今や京都を代表する観光地ですが
鹿王院は、その喧騒から少し離れていることもあり
嵐山の山を借景に静かにそこに立っているお寺です。
足利三代将軍義満が24歳の時に寿命を延ばすことを祈って立てた禅寺だそう。
ずーっと長く続く参道は、青もみじが美しく
凛とした静けさが、何とも心地よく
中にはいるほどに、邪なものが払われていくような感じがします。
中心にある舎利殿の多宝塔にはお釈迦様の歯が安置されていて
本堂には運慶作の釈迦及び十大弟子が祀られています。
嵯峨野の名所をたくさん回ってきたのに
そこの話を後回しにして、なぜ鹿王院なのかといいますと
実はここのご住職様が、私の高校の時の世界史の先生だからなのです。
高校の時に、先生がどこかのお寺のご住職で
平日は高校の先生だけど、土日はお経を読んでおられるということは
私たち生徒も、みんな知っていたのですが
あの当時、先生がどこのお寺のご住職なのかは全然知らないまま、卒業しました。
一度高校の同窓会があったのですが
その時も先生はいらしていませんでした。
だから普通に考えて再開できる機会はなかったのです。
ところが、何かのきっかけで、先生が鹿王院のご住職だということを最近知りました
このタイミングが絶妙で
これがもう少し前なら、たぶん先生に会いに来ることはできませんでした
それが、少し時間の余裕ができたこのタイミングで
しかも京都のお寺巡りが好きにで頻繁に来ている時だったというのが、
なんだか運命的な出会いのような気がして
どうしても先生にお目にかかりたくて、鹿王院を訪ねたのでした。
長い年月を経て、再び巡り合うというのは
何とも言えない不思議な気持ちです。
一生会えない人もいるのに
こうやって、長い長い時間を経て、再び会える人もいる。
それも、かつては先生と生徒だったのが
今は、全く出会うはずもない場所で、出会うはずもない人生を歩んでいるのに
こうやって、再会することができました。
先生も私も、確実に年をとりましたが、
不思議と、その長い時間がちっとも長く感じません。
また一つ京都に私の大好きな場所ができたこと
また一つ、新たなつながりが増えた事が
とてもうれしい出会いとなりました。
コメント
先生、おはようございます。
そうなんですね。
素敵なお話ですね。
しかも、日本史ではなく世界史というのがまた面白いですね。
この先も、まだまだ素敵な出会いや再開が沢山ありそうですね。
先生、今日も一日健やかにq(^-^q)。