家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
昨年は、なんやかんやと忙しく
その結果、本を読む時間と日記を描く時間を削ることになり
詠んだ本の数は例年に比べて半分くらい。
記録代わりにつけている日記は、何も書いていないページがものすごく多い。
ここ10年くらいで、こんなことはほとんどなかったので
今年は、その分を取り返すべく、たくさんの本を読みたいし
日記代わりの記録も、きちんとつけようと、心に誓っているところです。
そんな中で、素晴らしい本との出会いもありました。
去年読んだ本の中で、私の中の一番は
「へうげもの」全25巻 山田芳裕著 講談社
これは、戦国時代の将軍に使える茶頭の古田織部を主人公にした漫画です。
時代としては、織田信長が天下統一目前で殺されるあたりから
徳川家康が天下を取る、江戸時代の最初のあたりまでです。
2012年に連載がスタートしたころから、すごく話題になっていて
その時に、一度は手に取ったのですが
なぜか、その時は読めなくて(心が動かなかった)
ここへきて、再度手に取ったら、もう面白くて面白くて
毎日お風呂の中でこれを読むのが、1日の終わりの楽しみになっていました。
(そう思うと、やっぱり出会うべき時期っていうのがあるんですね)
細かいストリーは、是非読んでいただきたいのですが
この漫画の全体としての、大きなテーマは「笑い」だと思います。
千利休が、ストイックな精神性を究めようとしたのに対し
古田織部は、「甲」ではなく「乙」を求めるんです。
これ、すごいなあと思う。
完璧であることは、素晴らしいのかもしれないけれど
少し不完全な方が、心が動く。
何かホッとしたり、クスッとしたり、ちょっと緊張がゆるんだ時に、心の扉が開く。
例えば、料理にしても
一つ一つの行程をきちんきちんとやって
完璧に丁寧に作ることは尊いけれど
家庭料理で、それをやりすぎると
作るのも食べるのも、窮屈になって、
結局、楽しくなくなってしまうと思うんです。
つまり、心が閉じる。
家庭料理に一番必要なことは、そこじゃなくて
大切なのは、食べる事や作ること自体が楽しくて幸せなことだと思うんです。
レストランの料理は
必ず一定の美味しさに仕上げることが必要だけれど
家庭料理は、毎日完璧である必要はなく
むしろ、日々多少のスリルがある方が
家庭料理としては、面白くて、楽しくて
後から振り返ったら、あれ美味しかったなあってことになるんじゃないのかな。
ドキドキ、ワクワクも味のうち。
美味しさは、思い出の中で美化され
心の中で美味は作られる。
まさに、それは、この本で書かれている「乙」に通じるものだと思う。
家庭料理は「甲」でなくて「乙」がいい。
単なる手抜きではなく「乙」なる手抜きも大事
それは、手を抜いたという罪悪感のある手抜きではなく
しめしめと心が喜び、楽しくなる手抜き。
いい加減、適当に作っても、間違いなくおいしくできる
そういう、幸せで楽しいやり方があるということを、私は伝えていけたらいいなと思います。
「乙」なる料理
それを紹介し続けたることが、家庭料理研究家としての私の仕事かなと
改めて思った次第です。
乙な虎之助
コメント