でいりいおくじょのBLOG

2014.02.17

読書日記 映画を見た人も見てない人も、読んでもらいたい一冊

 

「小さなおうち」(中島京子著 文春文庫)
 
 
 

 第64回ベルリン映画祭で
 

山田洋次監督の「小さなおうち」の女中タキ役
 

黒木華さんが最優秀女優賞に選ばれましたね。
 

すごい、すごい!!
 

映画の方はまだ見ていないのですが、
 

本の方はものすごく面白い作品でした。
 

著者の中島京子さんがこれで直木賞を受賞されたというのも納得できます。
 
 

物語は、一言で言えば
”昭和版 家政婦は見た”という感じのお話
 

女中のタキが、奉公先の平井家で見た様々な出来事を

小説とも、日記とも言えるような文体で

つらつらと書いたものが、この小説の大きな柱となっています。
 

その作中作品とも言える物語の中で

昭和初期ののどかな明るい時代から戦争へと向かっていく時代と

その時代に東京で暮らす中流サラリーマン一家の

経済感覚や、食生活やお受験の話などの日々の出来事などが

女中タキの目を通して、リアルにまたいきいきと描き出されていきます。
 

この作中小説の読みどころの一つとなっているが

時子奥様と若いデザイナーの板倉との間の秘めた恋

その行末と結末。

実はそれだけではないのです。
 

この小説は、説明するのがちょっと難しいくらい

めちゃめちゃ複雑な構造になっていて
 

まず年をとったタキが昔のことを思い出しながら書いた作中小説とはべつに

今のタキが所々で出て来るのです。

そして、そのタキの手記を読んでいる甥の息子の健史。
 

タキの頭のなかにある昭和初期から戦中、戦後の物語と

年老いたタキの今

更には、それを客観的にたんたんと眺める健史の目線
 

その間を行ったり来たりしているうちに

だんだん不思議な世界観に誘われていきます。
 

それだけでも十分面白いところなのですが

それだけで終わらないのがこのお話のすごいところ。
 

最終章小さいおうち
 

ここから物語は、大きく急展開します。

ネタバレになるので、詳しくは書けませんが
 

中途半端に終ったタキの手記

渡されなかった手紙。

イタクラショージの書いた紙芝居「小さなおうち」
 

「小さなおうち」には2つの物語があって

まるで囲まれた世界と、丸の外側の世界

丸囲みの世界は「内=守られた家の中」

その外の世界は「外=家を取り囲む状況」
 

タキはなぜ大泣きをしたのか

タキはなぜ、手記を書かずにはおれなかったのか
 

物語は明確な答えを出さないまま終わるのですが

目の前につきつけられた一つ一つの事実が

読むものの心の中で饒舌に語り始め

様々な憶測が生まれます。
 

タキの手記に書かれた内なる守られた世界と

タキの周りの人たちのそれぞれの歴史

それらは同じ時代にありながら

それぞれに独立した物語があって

そこにいた人、その物語を読む人によって

関わり方も感じ方も違う。
 

そのどれもが、多分全て真実。

思い出の中で事実と違うように変わっていったとしても

その人にとっては、全て真実でしかない。
 

それにしても

タキの手記の中にはたくさんの美味しそうな料理が登場し

どれもがハイカラで美味しそうで、香りや温度や湯気までが伝わってきます。
 

小さくきた油揚げにわさび漬けを詰めて醤油をひとたらし

缶詰のコンビーフを最古に切っておネギを一緒にちょっと炙ったもの

ごぼうが山ほど入る田舎風の汁に焼いた餅を入れた東京風雑煮

ネギを添えたかものつけ焼き

旬のサバを唐揚げにした南蛮漬け
 

資生堂の花椿ビスケットに

コロンバンのケーキ

銀座三越の食堂のカレーライス
 

美味しかった食べ物の味や匂いや、温度や、その時の笑い声や

そういったものは

思い出の中で美化されて守られ、

家を取り巻く状況には関係なく

むしろ、家を取り巻く環境が過酷で辛く貧しく苦しいものであればあるほど

余計鮮やかなしあわせの象徴として記憶の中で輝いていきます。
 

本の世界でしか味わえない醍醐味が確実にここにあるので

映画を見た人も、ぜひ文字で読んでもらいたい一冊です。

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