家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
篠田節子さんの小説は
読んでいる時もかなり強い力でストーリーに引き込まれていくのですが
読んだあとに残る余韻が濃く
読後かなり長い間、いろんなことを考えたりします。
ちゃんちゃんとストーリーが展開して
ハイ終わり、みたいなのも、悪くはないけれど
小説の好みとして、引きずる方のが、好きなのかもしれません。
そんなわけで
先日「ブラックボックス」を読んだあと
更に篠田節子ワールドに浸りたくなって、もう一冊読みました。
「讃歌」
(篠田節子 朝日文庫)
ストーリーはこう
テレビでイレクターの小野は
クラシック専門レーベル ミカエルレコーと社長の熊谷に誘われて
教会の礼拝堂でひらかれたヴィオラのコンサートに行きます。
奏者は柳原園子。
彼女には、壮絶な過去がありました。
幼い頃から天才ヴァイオリニストと言われ
実際ベルンの国際コンクールでは、一位なしの実質優勝をし
全国でリサイタルとするほどの腕前でした。
高校を卒業すると同時にアメリカの名門ハースト音楽院に留学しますが
教師とそりが合わず、淡い恋にも敗れ
絶望の果ての投身自殺。
一命を取り留めたものの
後遺症が残って、その後20年以上、寝たきりの生活。
何とか起き上がれるようになった後、再び楽器を持ち
今度は自分を支えてくれた人たちのために、癒しの音楽をひくことを決意。
協会などでほそぼそと演奏会活動を始める。
テレビディレクターの小野は
それまでクラシック音楽などに興味もなく感動をしたこともなかったけれど
園子のひくアルペジオーネ・ソナタに涙し
その半生を題材にしたドキュメンタリー番組を作りたいと思った。
そうして、出来上がった
「心に届け ビオラの響き 天才少女ヴァイオリニスト 挫折から再生への30年の奇跡」は
放映されるやいなや、大反響を起こし
CDは爆発的な売上を記録します。
ところがその一方で噴出するバッシング。
彼女の経歴と演奏家としての才能への疑惑。
演奏に対する酷評。
テレビやマスコミによる暴露。
次々に出てくる新事実。
そして物語は、思いがけない結末へ。
(結末は、是非実際に読んでみて下さい)
この物語を読むと、
感動とは何かということを深く考えさせられます。
園子のヴァイオリンを聴いて、涙し、心が癒された人がいたことは事実。
けれどその心の動きは、
園子の音楽というより半生の物語があったからこそ、引き出されたものなのか。
素人を感動させるように演奏すること自体、それほど難しいことではなく
普通プロはそういうことをやらないものなのに、それをやった園子はプロとして失格なのか。
芸術家として完璧でなければ、感動は与えられないのか。
感動というものは芸術を心底理解した一部の人間だけの特権なのか。
テレビというメデイアを使い知名度を上げることで
自分の音楽を大勢の人にアピールした園子。
それは、そんなにいけないことだったのか。
答えを見つけようとしても、答えを絞り込むことができない。
話を、自分のテリトリーの料理に置き換えてみる。
一流料理人のつくる料理は感動を与えるかもしれない。
けれど、その料理を味わえる人は多くはないし
もし仮にそれを食べる機会があったとしても
経験や知識がなければ、本当の価値はわからないかもしれない。
もし感動が、そういう場所にしか無いのだとしたら
感動というのは、一部の特権階級のものだけになってしまうs.
けれど実際は
名もない街のレストランでも、多くの人に愛されて日々感動を与えているお店はあるし
更に言えば、お店でなくても家庭料理でも、感動はある。
これらの感動は同じようであって、決して同じではない。
と言うことはつまり
そのとき、その場所でしか味わえない感動があるということじゃないかな。
街のレスランには街のレストランの
三ツ星レストランには三ツ星レストランの
家庭料理には家庭料理の
それぞれにそれぞれの感動があって
同じようには語れないし、比較もできない
たとえば家庭料理研究家の私は、
三ツ星レストランで料理を作ったところで感動的な料理など作れるはずもない。
けれど、家庭の中なら出来る。
またどうやれば、家庭の中でそんな料理が作れるのかを
精一杯語ることも出来る・・・・と信じたい。
目指している価値観が違えば、感動の種類も全く違う。
園子もプライドを捨てて、自分のヴィオラが感動を与えられる場所で
最高のことをやればよかったんじゃないか。
目指すべき場所を間違ったことが不幸の始まりだったのではないかと改めて思う。
自分には何ができて、何を求められているのかをきちんと把握し
身の丈にあった世界観の中で
自分に求められているものの精度を上げて、やり続ける。
これでいいのかという焦りはあっても
自分を生かせる場所の中で、精一杯頑張っていけたなら
その先にきっと感動の手応えを感じることができる気がする。
そんなことをあれこれ考えることのできた(今でもまだ考え続けている)一冊です。
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