でいりいおくじょのBLOG

2013.02.26

八日目の蝉、見ました。

今ごろ?と思われるかもしれませんが
「八日目の蝉」見ました。
「八日目の蝉」というと
小説でも話題になり
テレビのドラマ化もされたし
かなり話題になりましたよね。
 
私は本が出てすぐに読んで
すごく感動したし、考えさせられる物語だったので
原作がいいものって、映画になるとがっかりすることも多いから
映像はいいかなと思っていたんです。
 
ところが、娘がDVD派で
絶対見るべきだとずーっと言っていて
それならば、ということで見てみました。
 
結論から言うと
めちゃ良かったです。
原作がよくて、映像化されたものもいいなんて
なかなかないんじゃないかと思います。
 
妻子ある人との子を身ごもり中絶、
なのに、その妻は子供を妊娠し出産する。
全てを精算してやり直すため
最後にひと目その子供の顔を見に男の家に行き
子供を誘拐して逃げる・・・というのが主なストーリーです。
 
原作を読んだときは
人は、産むことで親になるのか
育てることで親になるのか
母性というのは、どこから生まれてくるのか。
そんなことを考えさせられました。
 
主人公希和子が赤ん坊を誘拐したあの時点では
自分の心の空洞を埋めるために赤ん坊が必要で
そのために赤ちゃんを育てようとしたのではないかと思うのだけれど
 
やがて、明らかに心に変化が現れる。
一日でも一緒にいたい
明日もあさっても一緒にいたい
それは自己愛なのか、母性なのか
母親としての無償の愛なのか
 
原作では、そんなことを深く考えさせられる作品でした。
 
一方、映画の方は
ストーリーとしては、随分端折ってある感じは否めないけれど
それが逆にテンポよく
原作とは違うテーマを、スッキリと見せてくれた気がします。
 
自分を愛し守ってくれると信じていた人が母ではなく
全く知らない人が、母親となった子供は
母と信じた人を否定することで
母親と名乗る人を受け入れようとした
 
その子供の成長していく過程にも
確実にもう一つのドラマがある。
 
自分は何者なのか
自分はここにいてもいいのか
自分は愛されているのか
この自分がだれかを愛することができるのか
自分は愛される価値があるのか
 
見失ってしまった自分のアイデンテイテイーを
もう一度立て直すためには
過去の出来事も
自分に関わるすべての人も
ありのままに受け入れる必要がある。
 
自分が確実に愛されていたのだという記憶を取り戻した時
初めて自分で自分を受け入れることができ
そこから始まる未来に希望を見出せる。
 
子供を生んだことで親になるのではなく
生まれでた瞬間にその人の子供になるのでもない。
 
子供もまた、
自分自身の物語の中で、親を受け入れながら
その人の子供になっていく。
 
映画は誘拐された子供、薫を主人公として描くことで
原作とは違う角度から
親とは何か
親子になるとはどういうことなのか
ということを考えさせてくれました。
 
けっこう、号泣します。
見るときはテッシュペーパーかタオルが必要です。
永作博美と小池栄子の演技が最高です。
まだ見てない人は、おすすめ。
もし映画は見たけど原作を読んでないという方は本の方もおすすめです。

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