でいりいおくじょのBLOG

2024.06.30

映画日記「千と千尋の神隠し」

ちょっと前に「ハウルの動く城」をみたら

これはもう、この流れで「千と千尋」も見ずにおれなくなりました。

 

「千と千尋の神隠し」

 

ジブリの中でも、特に大好きな作品。

 

ざっくりとしたあらすじはこう。

 

千尋一家が、引っ越しをし

お父さんの車で新しいうちに向かう途中で

不思議な世界に迷い込んでしまいます。

 

そこは遊園地の跡地のような場所で

おいしそうな食べ物屋さんが軒を並んでいて

お父さんとお母さんは食べ始めるのだけれど

 

何か変。

 

気が付くと、お父さんとお母さんは豚になっていて

帰れなくなった千尋。

 

ハクという謎の少年に助けられ

巨大な湯屋で働く事に

 

その時、湯屋の主人の湯婆婆により

働く時の契約として千尋は名前をとられ、千になります。

 

ハクは千尋に名前を忘れてはいけないと忠告

名前を忘れたら、帰れなくなるから

どうやらハクも、湯婆婆に名前をとられて帰れなくなっているようなのです。

 

千尋は、豚にされたお父さんとお母さんを助け出せるのか

盗られた名前を取り返して、元の世界に戻れるのか

ハクはなぜ、千尋を助けてくれるのか

 

そこが、この映画の見どころです。

 

この映画を見るたびに

大人になるってどういうことか

本当の自分とは何か

本当に大切なものは何か

そんなことを考えさせられます。

 

大人になるという事は

大きな社会のシステムの中に、無防備に投げ込まれることかもしれません。

 

その中で、いつの間にか自分というものを失っていく。

それも、大人になる一つの道程であるように思います

 

この社会で生きていくためには

社会のシステムの中で、上手く順応していく必要がある。

 

そうする方が、生きやすし

また、それを学ぶことも生きていくためには大事

 

けれど

知らず知らずのうちに、まわりにあわせていくうちに

本当の自分というものがわからなくなってしまうのもたしか。

 

周りの価値観に合わせて

本当の自分に封をして、押し殺して、

それが、いつの間にか当たり前になってしまう

 

そういうことは、確かにある。

 

本当の自分が、どんどん遠くなる。

 

巨大な湯屋は、まるで物質世界の象徴のようで

お金や、財宝と言った、目に見えるものだけが力を持っている世界。

本当の自分がわからなくなってくると

お金のように、目に見えるものが拠り所になる。

 

金が欲しい、もっと欲しい、もっと欲しい

 

けれど、その欲望は満たされることはなく

本当の自分はどんどんわからなくなり

暴走した欲に飲み込まれていく

 

そうなると、もはや自分に固有の名前があった事さえ

忘れてしまうんだろう

 

千尋は、目に見える金のようなもので

けっして、心惑わされません

 

けれど

それだけでは、湯婆婆から名前を取り戻すことはできないのです。

湯婆婆と戦うすべもありません。

 

その時、千尋が目の当たりにするのが

名前を奪われて湯婆婆の言いなりになってボロボロに傷ついていくハク

 

傷ついていくハクを見るといたたまれなくなる千尋は

ハクを助けるために、湯婆婆の双子の妹、銭婆の所へ行く決心をするのです

 

最初は、何もできなかった少女が

ハクを助けるために、危険も顧みず一歩踏み出す

 

自分のためではなく、誰かのためになら強くなれる

誰かのためなら、勇気が出る

 

愛ですねえ。

 

そしてハクもまた

自分一人では、湯婆婆に立ち向かえなかったのに

千尋のために強くなるのです

 

愛は、人を強くするし

愛は、人を成長させる

 

って言うか、本当の愛を知って

人は、真の意味で大人になれるんだと思う。

 

湯婆婆のいる湯屋が現実界だとしたら

双子の妹、銭婆がいるのは魂界なのかなと思いました。

 

目には見えない、

命の根源みたいなところ。

 

現実界と、魂の世界は、別々にあるのではなく

繋がっていて

 

それは、誰もが自分の内面の深いところに持っているもので

本当の自分を思い出せるところ。

 

それは、私の中にもある。

 

銭婆が、千尋にプレゼントしてくれたものが

命のつながりでできた髪をくくる輪ゴム

 

これも、すごく好きなシーンで

 

目に見えるお金よりも大事なものがある

愛、そして繋がり

人はひとりでは生きられません。

つながりの中で生かされているという事

そして、命はつながっているのだという事を

あらためて思いました。

 

最後に、千尋とハクの関係も明らかになります。

人は、何度でも何度でも、出会い直せる。

その事を思うと、なにか温かいもので満たされます

 

いやあ、何度見ても感動して

何度見ても号泣して

何度見ても、優しい気持ちになれます。

 

最後に流れる

「いつも何度でも」この曲が最高に良いのです。

ジブリの曲の中でも、めちゃめちゃ好きな一曲です。

 

絶対見たほうがいい映画です。

おすすめです。

 

いつも何度でも/木村 弓 (youtube.com)

 

千と千尋

コメント

  1. ママデューク より:

    今回の「千と千尋の神隠し」も「ハウルの動く城」と同じように深く読み込まれた感想で凄いなと感じました😲
    大人になって社会に出る事で本当の自分を見失っていく。
    人の為に何かをしたいという愛が、人を成長させる
    人は何度でも生まれ変わって巡り会える
    素晴らしい読み込みだとボクは感じました😌
    又長くトンチンカンな感想ですが、観た時に感じた感想を別のコメントでアップさせて下さい。
    それでは失礼致します🙇‍♂️
    ps「ハウルの動く城」もそうですが、ボクは人の為に何かをしたいという愛の経験が圧倒的に少ないから、宮崎駿監督の「愛」のメッセージ性にあまり感動出来ないのかな?と感じました😢

    1. 奥薗壽子 より:

      コメント、ありがとうございます。
      映画のジャンルとして、合う、合わないはありますよね。
      私は、宮崎駿監督とは、相性がいいんだと思います。

  2. ママデューク より:

    「千と千尋の神隠し」(監督:宮崎駿 125分)
    話の内容は、ライフワークバランスを上手くとろう。でもプライベートの方が大切で、自然にプライベートでも勤勉・礼儀正しさといったビジネスのマナーが出るのがベストという話。
    金を払えば何をしてもいいと思ってる奴は豚野郎というのが良かった。
    「お客様は神様」なのが良かった。様々な八百万の神がゴテゴテした湯婆婆の湯屋にやって来るのは絵的に面白かった。
    湯屋(スタジオジブリ)で「働く男はカエルで女は人間」という所に、「女の方がまだマシで仕事もできる」という監督の女性尊重の考えが垣間見られた感じがボク的にはした。
    湯屋の一番大事なボイラーを担っている釜爺は、6本の腕で全て違う作業をするやり手というのが良かった。
    釜爺に「手出すなら終いまでやれ」と言われて、初めて千尋が石炭をボイラーに入れる仕事をするのが良かった(その後他のすす達も千尋に仕事をやってもらおうと思って自分の仕事をほっぽり出すのもコミカルだった)。
    釜爺の所に来た女中りんに「挨拶をきちんとしろ」と千尋が言われるのが良かった。
    「ドアを開ける時はノックをきちんとしろ」と湯婆婆に言われるのが良かった。
    仕事が出来る湯婆婆には何も出来ないデッカイ赤ちゃんのような子供(宮崎吾朗の事か?)がいるというのがコミカルだった。
    働く時には家庭での扱いとは違うという象徴として、本名荻野千尋という名前をとられて千と呼ばれる(一般社会でも仕事上では会社の肩書きや課長などの役職で呼ばれるのと一緒)のが良かった。
    仕事の出来るハクは、仕事の時は千を部下として扱い、プライベートではきちんと主人公の女の子を千尋として優しく扱うのが良かった(そこを分からない初めの頃の千尋はハクにだまされたと泣くのも良かった)。
    ハクは仕事が出来すぎるので、最初の頃プライベートの本当の自分を見失っているという設定が良かった。
    カオナシはネット上の匿名性のファンの困ったチャンの象徴・あるいはファンとかスポンサーで宮崎駿を金を出したりチヤホヤしてくれたりしてはくれるけど本当の「お客様は神様」の神様ではないと宮崎駿が思っている人達の象徴ではないかとボク的には思った(そういう人達は最初とても醜く描かれていて、最後はもっと宮崎駿よりも器のでかい銭婆(別の作家)の所のファンになって欲しいという宮崎駿からのメッセージではないかとボク的には思った)
    さすがは湯婆婆。本当の神様のお客様ではないカオナシ(ドロドロの神様の方ではない)の気配をすぐ察知するのが良かった。
    千は仕事が全く出来ず、ロープ一つ結べないというのが良かった。
    ドロドロの神様でもきちんとした神様のお客様と分かれば、湯婆婆(宮崎駿)が陣頭に立って、湯屋の従業員一同(スタジオジブリのスタッフ全員)で一致協力して力を合わせて、ドロドロ神のトゲを抜くという「おもてなし」をするのが良かった。
    湯婆婆が「神様はお客様」第一主義を徹底しているのが良かった。
    千がドロドロ神の一件で、湯婆婆に認められ、ご褒美の美味しそうな肉まんも食べて、チョット成長して「大人」になるのが良かった
    カオナシも金は払うが「お客様は神様」の神様でもなく、チョット馬鹿にされるとすぐキレて我慢が効かないというのも良かった。
    釜爺と会う時に階段を降りたり、傷ついたハクを追って湯婆婆の所に行くのに千が壊れた雨樋を渡る所はアニメならではの動きだった
    銭婆の実印を守っていたハクの身体の中にいた「湯婆婆の手下」を千が踏んづけて倒して、釜爺がエンガチョするのがコミカルだった。
    千尋が銭婆の所にカオナシまで連れて行く演出が良かった。
    6つ目の駅で降りなければならないと言う緊張感がボク的には良かった。
    カオナシ・ネズミ(坊)・小鳥を連れる千尋はオズの魔法使いのドロシーみたいだった。
    銭婆(ひょっとしてこれは別の作家ではなく、お金を扱うジブリのプロデューサー鈴木敏夫ではないかともボクは思いました)は最初からお見通しで大人な対応。カオナシまで迎え入れる度量というのが良かった。
    ネズミの坊や小鳥が編んだ銭婆が千尋にくれた髪留めがなんの意味だったかがボク的には分からなかった。
    ハクが竜の時の空飛ぶスピード感が良かった。
    坊も千尋との旅で独り立ち出来るようになるのが良かった
    決まりは湯屋の主人湯婆婆でも勝手には変えられないというのが良かった。
    千尋が「よく見て」豚の中に親がいないのを見極めるのが良かった。
    最後湯婆婆に「お世話になりました」と千尋が別れの挨拶をするのに千尋の成長の証が集約されていたのが良かった。
    全般的に
    映画としてはそんなには面白くないが、さすが宮崎駿、メッセージ性や細かなディテールで面白い所は多々あった。
    声優では主人公の千尋の声・銭婆と湯婆婆の声・釜爺の声が良かったが、ボク的に一番良かったのはハクの声優入野自由さんの声だった。
    2時間を超える長い映画で、少し説教臭いし、劇アニメとしてもそれ程面白くない、けれど働く事について考えさせる作品としては良かったとボク的には思えた作品。

    初めて「千と千尋の神隠し」をきちんと観ましたが、観客が作品に対する色々な深読みが出来て、それらの観客の深読みを許すくらいこの作品が作品的豊かさや様々な要素を持っているから、邦画洋画を問わず日本で歴代一位の映画興行収入を稼ぎ出す事が出来たのではないかとボクは思いました。「やっぱり宮崎駿作品で純粋に娯楽として面白いのは「天空の城ラピュタ」や「ルパン三世 カリオストロの城」「名探偵ホームズ」だと思う」心にそう願う五十路のアニヲタ長七郎であった

    ps 湯屋をスタジオジブリに強引に重ね合わせたり、ちょっとトンチンカンな所があふなぁと読み返して感じました

    1. 奥薗壽子 より:

      書いてくださって、ありがとうございます。
      感じ方は人それぞれで、つまらなく感じたというのも、それは事実なわけですから
      それもありだと思います。
      確かに、娯楽性はないのかも‥。

  3. ママデューク より:

    「いつも何度でも」リンクのyoutubeで歌詞を読みながら聴きました♪
    奥薗姐さんが感じたこの作品のメッセージ性が見事に要約された歌詞だなとボクは感じました♪
    そうやって聴くと、更に良い曲だと感じる事が出来ました♪ありがとうございます🙏
    それでは失礼致します🙇‍♂️足立区一のお調子者f@

    1. 奥薗壽子 より:

      いつも何度でも、聞いてくださってありがとうございます。
      この曲の良さが伝わって、うれしいです。良かった~~~。

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