家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
先日、書きかけてそのままになっていた
「若き詩人への手紙」(リルケ著 高安国世訳 新潮文庫)
この本は
詩を書いているカプス君という若者が
リルケに詩の教えを乞うために手紙を書き
リルケが、返事として書いた手紙10通をまとめたもの。
この本を最初に知ったのは2年前で
映画「天使にラブソング2」に
この手紙の話が出てくるので
映画を見終わった後、すぐに読んだのが最初です。
読むといっても、手紙10通なので
ページにしたら70ページほど
そんなに大変ことはありません。
映画に出てくる一節は1通目の手紙で
その部分は、分かり易いです。
夜の静かな時間に自分自身に問いなさい
「私は書かなければならないか」と
その質問に対して、答えが「はい」なら
あなたは生涯書き続けなさい
みたいなことが書いてあるの。
その時は、へえ~~~っ、いい話だなあ~~って思って終わったんです。
その時は、それだけで終わりました。
ところが、その後、読むと書くの教室に通い始めて
改めてリルケと出会うんです。
講座の中で、やたらリルケの話が出てくる
正直、リルケって、映画で知っている程度で
全く興味なかったし
まして、リルケの詩っていわれても
????????
って感じで、自分とは全く関係ない世界だと思っていました。
けれど、あまりにもリルケリルケって名前が出てくるので
それなら、もう一度「若き詩人への手紙」を読み直してみるか
って思ったわけです。
薄っぺらい本なんで、そんな頑張らんでも読めるし。
そしたら、なんかわかんないんだけれど
いきなり挫折しました。
詩人にあってはならないのは、
書かなくても生きられると感じる事
というようなことが書いてあって
私、書かなくても全然生きていけるわ、って思った瞬間
いきなり、シャッターガラガラ閉まった感じがしたんです。
さらに、読んでいくと
(あなたは)詩人になることをあきらめねばならない事になるでしょう
って、1通目の手紙で、カプス君に対してはっきり書いてんの。
それ、ひどくないですか、リルケさん
とも思った。
そしてそれは、そのまま私に向けられた言葉みたいな気がして
どーせ、どーせ、私は詩人にはなれへんし
どーせ、どーせ、書くこともできるようにならへんわ
って、めちゃひねくれた気持ちになって
リルケ、大嫌いになったのでした。
リルケ、大嫌いなんだけれど
講座を受けていると、やたら名前が出てくる
ああ、もうやめてくれ、大嫌いなんだから
そう思うんだけれど
名前が出てくるたびに、なぜか「若き詩人への手紙」を開いて
読んでしまう。
読んで、また、リルケが嫌いになるっていう事の繰り返し。
嫌いやったら読まなかったらいいのに、
大嫌いなのに読んでしまう。
たぶん、10回以上読みました。
そうして、最近、ようやく気づいたことがあるのです。
リルケって、詩人になることが幸せとは思っていないし
詩人になることを進めているわけでもないし
まして詩人になるための方法を言おうとしているのでもない
この手紙で伝えたかったことは
詩人になれるのか、なれないのか
どうやったら詩が書けるようになるのか
という話ではなく
人それぞれに、運命というものがあって
自分の運命を知るためには、
自分の内面に深く入っていって
本当に、自分がやるべきことを見つけること。
運命とは、自分で切り開き、自分でつかみに行くものであるという事。
そのためには、孤独になり、自分と向き合う事
そしてそれは、決して楽な事ではなく困難をともなくという事。
その事を、
若いカプス君に伝えようとしていたのだと
「あなたは詩人になることをあきらめねばならない事になるでしょう」
と書いたのも
本当に詩人になることが運命だと思ったなら
やっぱり、自分は詩人になる道をえらぶだろう
そう思えるか、とリルケは問うたのではないか。
そう思えてきました。
それは、私に対する問いでもある。
こんなにリルケのことが、嫌いで嫌いで、大嫌いだったのに
それでも、この本を読まずにはおれなくて
繰り返し、繰り返し、読んだのは、なぜか
リルケが大嫌いだったのに、
繰り返し、繰り返し、リルケが私の前に現れ
そして、そのたびに、読まずにはおれなかった
本当に大嫌いだったのに
読まずにはおれなくて、一人黙々と読み続けた
それを考えると、ここに、私の運命の何かがあるとしか思えない
もっと言えば、そういうことが運命だ。
ここに書かれている問いと、出会う運命。
さあ、考えろ、感じて見ろと。
その事が分かるまでに2年かかった。
そして、2年もの間、分からなかった事
自分の運命とは何か、自分の使命とは何か
今、あらためて考える時だと思っています。
ここに何か、自分のこれから進むべき何かがある
そんな気がしています。
コメント
奥薗先生、こんにちは☀️
毎日 楽しく読まさせてもらっています。
こんにゃくの梅煮 美味しかったです。
こんにゃくと梅のコラボ 全く思いつきません
でした。ありがとうございます。
リルケも読みたくなりました。
ニーチェと同じ人(ザロメ)を愛した方なんですね
ニーチェ同様、言葉がキツイ?強い?方なんですかね。
こんにゃくの梅煮、作って下さってありがとうございます。
気に入ってもらえてうれしいです。
ニーチェと同じ人を愛したのは、もしかしたら、違う人かも…です。
リルケって、なんて言ったらいいんでしょう。
なんか、人をひきつけてやまないような、不思議な魅力のある人なんだと思います。
初めまして、いつも楽しく動画を観せていただいています。
ブログの内容と関係ありませんが、一つお伺いいたします。
家族の尿酸値が高く、薬も飲んでいます。
痛風発作はまだ起こしたことはありませんが、プリン体を控える工夫はしています。
プリン体が多い食品にカツオがあり、カツオのたたきは買いません。
料理の最後にかつお節で味を調える場合、一人分だけ取り除き残りにかつお節を振り入れています。
でもなんだかかわいそうで… 。
かつお節に代わる味を調えられる食材はありませんか?
自分ではすりごまくらいしか、思い当たりません。
よろしくお願いいたします。
コメント、ありがとうございます。
ご質問の件ですが。
私は、医学の専門家ではないし、健康にかかわる事なので、これが正しいという事は、お答えすることはできません。
でも、私が思うことをお伝えしますね。
確かに、プリン体を含む者を控えたほうがいいのだとは思います。
でも絶対に、どんな微量でも口にしてはいけないという事ではないと思います。
日々の暮らし、日々の食べる喜び、そういうことも大切だと思うからです。
そういう意味で、かつおのたたきを毎日、大量に食べるのは、やめたほうがいいかとは思いますが
一切れだけ、ほんの少しだけ、たまに楽しむのなら、いいのではないかと思ったり。(状況にもよります、念のため)
そういう意味では、鰹節は少量です。私のレシピだと2人前で4g。一人前2gです。
この分量は、半分に減らすこともできます。そうすると、一人前1gです。
使う分量を半分にするとか、毎日食べるのが気になるなら、たまに食べる、という手もあるのではないでしょうか。
ゼロか百かというのではなく、食べる喜び、生活する幸せをなくさない程度に、加減するというやり方もありだと
私は思うのです。いかがですか?
大嫌いなのに
人を惹き付けるって凄いですね。
ますます読みたくなりました。
ありがとうございます。
是非是非、読んでみて下さい。
また、感想お聞かせいただければ嬉しいです。
お返事ありがとうございました。
気持ちが軽くなりました。
本人はあまり気にならないのか、その分私が… の気持ちが強いので、食事成分表をいつも気にしながら作る感じです。
他には糖尿予備軍、高血圧、コレステロール… とお察しの通り肥満が原因です。
先生の本で糖尿病の本は、家族全員が食べられるようなレシピなので、見て(読んで)いて楽しいです。
話は変わりますが、一昨年父の分骨を京都のお西さんに納骨しました。
祖父母も眠っている処なので、私も何かと京都へ行く機会も増えました。
でも駅には大きなスーツケースを持った人たちであふれ、タクシーは来ない、バスも遅れて通り過ぎるで、
京都市内の移動はなかなか大変です。
改めてインバウンドの力を思い知りました。
観光寺院ではないお寺の中にも外国人の人がたくさんいます。
拝観料がいらない世界遺産だからか… 本願寺さんや大谷本廟は改めて見てみるときれいなお寺ですね。
今、今日は大変なことになっていますね。
私も正月に行ってきたのですが、人が多くて多くて、大変です。
ちょっとお茶を飲むのに、休憩しようと思っても
お店に入れなかったり。
いい場所はたくさんあるんですけどね、移動も大変です。
自分の故郷が、すっかり様変わりしていくのは、寂しいものですね。