家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
若松先生が日経で連載されている記事
今日は、言葉をめぐる話でした。
言葉を○○する。
さて、○○に何が入るのか。
まあ、普通に考えて言葉を使うってことになるんだろうけれど
言葉を紡ぐなんて言われると
おお~~、私なんぞ、とてもとても…、って思ってしまう。
言葉って普通に使っているけれど
使いこなせているかと言えば、
私なんか、まったく使いこなせていないです。
伝えたいことが伝わらない
伝えられない
伝わっていない
嗚呼・・・。
言葉の本質を音楽に例えている部分があったのですが
そこの部分を読んだ時
言葉はやっぱり味に似ているなあと思いました。
例えば大根。
大根って、料理して初めて、味わいが生まれると思うんですね。
それはつまり
味=言葉が立ち現れてくるという事だと思うんです。
どんな風に味を引き出すのか
煮るのか、生か、漬けるのか、
それによって味わいが違ってくるわけで
それって、どんな風に言葉を使うのかって言うのと
すごく似ている。
料理って、
作る人がどういう料理を目指しているかで
出来上がりが大きく変わるし
目指しているものが決まった時点で方向が決まると思う。
オシャレに見せたいとか
がっつり系に仕上げたいとか
シンプルにかっこよく決めたいとか
作る人の目指す形に出来上がっていくわけです。
ちなみに私は
バサッと気取らず、かっこよくもなく
何も気を遣わず
箸を伸ばせるような感じの
当たり前の家庭料理を目指しています。
それが私の中にある、根本的な価値観なので
私の書く言葉も、きっとそういう感じなんだろうなと思う。
かっこよくもなく
オシャレな表現もなく
普通にサーッと読めるような
そういう感じなんだと思う。
なんかわかってきた。
料理に関しては
自分で納得してやっているのに
文章に関しては
どこかで、ちょっとカッコよく書いてみたい
という気持ちがあるのかも
だから
これでいいのかって思ってしまうんだろう。
そんな気がする。
カッコいい料理を作りたいわけじゃないように
カッコいいものを書きたいんじゃない
オシャレに見せたいわけでもない。
自分らしく、素朴で、シンプルで
しみじみと思いが伝わればいい
そんな風に言葉がつかえるようになりたいと
思っているのです、私は。
そんなことに
今更ながら気づきました。
料理って簡単なのに奥が深い
言葉も同じ
この二つ、ホント似ている‥。
トリミングに行って、クリスマスのお飾りつけてもろた~~♪
コメント
情報過多社会において
心の底からのシンプルな
笑顔や言葉に飢えていて
奥薗先生に日々
癒されます。
ありがとうございます。
言葉と料理が似ているなんて
家庭料理研究家ならではの着眼点ですね。
うれしいコメントありがとうございます。
これからもよろしくです。