でいりいおくじょのBLOG

2015.08.26

読書日記 「日の名残り」(カズオ・イシグロ著 ハヤカワ文庫)

 カズオ・イシグロの作品は思い出や記憶というものがサブのテーマになっている。

最新作の、「忘れられ巨人」を読み始めたのだけれど

その前に、やはり代表作である「日の名残り」を読んでおくほうがいいのではと思い、読んでみました。

英国の由緒正しい品格を持った執事のステイーブンスが

主人の車を借りて、短いドライブ旅行に出かける。

今、目の前に怒っている旅行での出来事やいろんな人との出会いと

それまでの執事としての自分の人生が交差しながら、語られていく。
 

ドライブ旅行の途中で起こる出来事や人との出会いと

その中で思い出され、語られるステーブンスの過去

そして、彼を取り巻く時代の移り変わり。
 

ストーリーとしては、彼の6日間のドライブ旅行の話なんだけれど

その中で、彼のそれまでの人生と、心の変化がオーバーラップし

独特の世界観にいざなわれます。
 

由緒正しき家柄であるダーリントン卿のお屋敷の執事であったステイーブンス

それは、彼にとっての誇りであったし、

自分は最高の品格を持った執事であるという自信もあった。
 

ドライブ旅行の最初のうちは、執事として誇り高く完璧な仕事をしていた自分のいいところばかりを思い出しているのだけれど

やがて、時代も変わり、自分も年を取り、お仕えしていたダーリントン卿はお屋敷を手放し、新しいアメリカ人の主人がお屋敷を所有することになる。

もはやそこでは、執事に求められるものが違っている。

自分があれほど誇りに思っていた、執事としての品格は、

もはや無用の長物になってしまう。
 

読み進んでいくと、まるでこの6日間のドライブが、

まるで彼のそれまでの人生を比喩しているようにもおもえてくる
 

執事としていい仕事をしてきたという誇りはある。

けれど年を取り、かつてのようには完璧な仕事ができなくなったとき、

完璧であった時の自分の残像は、自分を苦しめ始めることにもなる。
 

もしもあの時、違う選択をしていたら

そして、違う行動をとっていたなら

もしかしたら、今とは違う人生があったかもしれない。

そんな、想像をしてみても

それは、ドライブ中の分かれ道で、どちらか一方の道を選ぶのと同じで

選ばなかった道に引き返すことはできない。
 

また、自分の衰えとは別に、自分を取り巻く環境の変化

時代の価値観の変化もある。

自分の価値観に執着しすぎれば、時代とかみ合わなくなり

自分のプライドだけが独り歩きして、周りとかみ合わなくなってしまう。
 

6日目、最終日の夕方。

見知らぬ男性と一緒に夕日を見るステイーブンス。
 

その男性は言う。
 

後ろばかり振り向いているから気がめいるんだ。

昔ほどうまくできなくても、みんな同じじゃないか。

人生、楽しまなくっちゃ。

夕方が一日で一番いい時間だ。
 

ステーブンスは、悟ります。

そうか、後ろを振り向いてばかりいてはいけない。

前を向いて、残りの人生に目をむければ、

残された時間を楽しい時間にすることもできるのだと。
 

******************************
 

私自身、50歳になった時に、やはりステーブンと同じような思いを抱きました。
 

自分では認めたくなかったけれど

確実に体力は落ち、気力も続かず、すぐに気弱になり、回復も遅い。

自分にあらわれた、そんな衰え。
 

ステーブンスのように、後ろばかりを見て

昔は、もっとテキパキできたのにとか

昔は、もっと過酷な働き方をしても、全然疲れなかったのにとか

過去の自分ばかりを思い浮かべて、今の自分の情けなさを嘆くのは、つまらない。
 

今の自分を受け入れて、

今の自分にできることを、できる範囲でやればいい。
 

そういえば、こんなことがありました。
 

昔、好奇心がありすぎて、

調理道具も、食材も手あたり買っては試していた時期があり

家の中は、道具と物であふれかえるようになったことがあって
 

あんまりごちゃごちゃしているものだから、自分でもどうしたらいいのかわからなくて

ある時、仕事でご一緒した収納の先生に相談したら
 

先生がこうおっしゃったんです。
 

興味や好奇心があるのはいいことなので、納得するまで試してみたほうがいい。

でも、ある程度試したら

もうわかったから、これ以上はいいわ、という時が、必ず来るから

その時に、一つ一つ、いらないものを処分すればいいのよ。

若い時に、十分いろんなことを試しておけば

年を取った時に、自分にとって大切なものだけを、

きちんと手元に残せるようになるはず。
 

今になってみると、ほんとにすごいことを教えてくださったなあと思っています。
 

過去の経験は

そこに執着しなくても、きちんとその後の生き方に反映される。

昔と同じである必要はなく

少しずつそぎ落とされていって、初めて大事なものが見えてくる。
 

目に見えるものは、両手に持てるだけで十分。

今は、本当にそう思えます。
 

仕事も、自分でこなせる量の仕事を、きちんとやればいいのだと思えば、

ちょっと気が楽になってきます。
 

それよりも、本当に大切なことは、

目に見えないもの。
 

それは例えば、人とのつながりだったり、新しい出会いであったり

好奇心、探求心、ワクワク、ドキドキ。
 

目に見えるものは少しずつ手放しつつ

身の丈に合った暮らしをし

その一方で目に見えないものを、もっともっと増やしていく。
 

そういう生き方ができたなら

人生の夕方は、最も美しく、楽しく、充実した時間になるんじゃないか。
 

この本を読んで、改めてそんなことを考えました。
 

イギリスの最高の文学賞であるブッカー賞受賞作品。

さすがに、読んだ後の余韻が心の奥のほうまでしみわたり、

いつまでも残る最高の作品でした。

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