でいりいおくじょのBLOG

2024.09.09

シモちゃん講座 第3ターム第3回

今日はシモちゃんの講座です。

シモちゃん

 

正確な名称は

深く感じ、考え、そして表現するために

思考と表現

 

今日は

事前の提出した皆さんの質問を読みながらのお話

その後、シモちゃん(シモーヌ・ベイユ 重力と恩寵)

それから、今回はニーチェも少し

そして最後に、表現とは何かという事を話し合う時間も。

 

それぞれに、深い話があり

いろいろ考えることが盛りだくさんで

頭の中がぎゅうぎゅうです。

 

最後の話し合いのテーマ

表現とは何か

その場で考えて何かを話すというのが

なかなか難しく

 

その場では、なかなかうまく話せません。

 

大体、終わってから、

いろいろ考えるのが常です。

 

表現とは何か。

最初に思ったのは。

考えるという事と、表現するという事の違いというか

 

別に自分で考えているだけでもいいはずなのに

なんでそれを表現したいと思うのか

という事でした。

 

たぶんそれは

自分で考えているだけだと、息がつまるというか、不安になるというか

自分一人で、ただただ考え続けるって

ものすごく苦しいと思う。

 

だから、書く(表現する)

 

書く(表現する)とは

誰か読んでくれる人を想定して表現している

だから

表現するって、ある意味、人を求めているってことなのかな。

 

自分一人で考えていたことを

誰かと分かち合う事

あるいは

誰かと分かち合いたいと思う事

 

あるいは、誰かに伝えることで

それによって、自分の考えていることを

もう一度、違う角度から見直すというか

 

考えることと、表現することが

合わせ鏡みたいになって

自分を、少し離れたところから見ている

そういうこともある。

 

 

これは、なんか、もっと考えてみる余地がある気がするけれど

今すぐには、なかなか考えがまとまりません。

 

これは、先生から私たちに託された

考えるべき宿題なのかも

 

これから一か月間

じっくり考えてみることにします。

 

2024年9月8日シモ

コメント

  1. Amy より:

    誰かが読んでくれるかどうかは別として、外に放たないといけない言葉があるような気がします。放たれるべき言葉、留められるべき言葉、それぞれに理由があるのでしょうね。思いとしての言葉には魂とエネルギーが宿っていると感じます。情報としての言葉にはそういう要素はないのでしょうが、届けられるべき人や場所があると思います。どの言葉も大切に扱うことを心したいものです。

    1. 奥薗壽子 より:

      そうなんです。
      情報として流れている言葉って、何か金属的なものを感じていて
      表現はというのは、それとは全く違うものですね。
      自分の発する言葉が、少なくとも魂から出たものであるように
      それだけは、絶対大事に守りたいと思っています。

  2. 楽気 青都 より:

     奥薗先生、今回も興味深いお話を
    有難うございます(*゚∀゚*)💠
     表現 と聞いて、すぐに思い浮かぶのは
    互いが救いになるための架け橋みたいなもの
    です。
     誠意ある人たちの表現が交わるとき
    世は動く、変わる…
    なんかそんな風に感じました。
    単純で、申し訳ございません!
    (。-∀-)♪
    今日も一日、ご安全に~
    🍀🌼🏵️

    1. 奥薗壽子 より:

      そうそう、そうですよね。
      やっぱり、何か、誰かとつながろうとする何かが、そこにありますよね。

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