でいりいおくじょのBLOG

2018.11.29

京都・紅葉

京都は、今まさに紅葉の季節。

紅葉スポットも、いろいろあるので

どこに行くか迷うけれど

正直、どこに行ってもすごくきれいで、感動します。

 

合わせて、すごい人で、

皆さん、いい写真を撮るのに熱心です。

 

かくいう私と娘の、あっちこっちカメラを向けて

ああ、ここもきれい、あそこもきれいとキャーキャー言いました。

 

カメラは私たち親子の共通趣味で

今回の京都旅行の目的の一つが、紅葉の写真を撮ることだったんです。

 

自分の世界に浸って、写真を撮るのも楽しいのですが

お互いに撮った写真を見せ合いっこして

そんな風に摂った方がきれいだなあとか、

そっちの角度のもありだなあとか、言い合うのも楽しい。

 

お互いに写真を撮りあいっこしたり

一緒に写真を撮ったり(最近のカメラは自撮りもきれいに撮れますよね~)

ライン上にアルバムを作って、お互いにそこに送りあいっこしたり

 

カメラには、いろんな楽しみ方があります。

 

でもね、今回、はっと気づかせてもらったことがありました。

 

それは、宝厳院でライトアップされた紅葉の写真を撮っていた時のこと

 

こういう角度で撮った方がいいかとか

いやいや、ここよりあそこの紅葉の方が写真で撮ったらきれいかも、とか

そんなことを考えて、キョロキョロしながら歩いていたんです。

 

そうしたら、私の前に20代くらいのカップルがいて

彼氏の方が、スマホで一生けん命写真を撮っていたんだけれど

彼女の方が、それを見て言ったんです。

 

“目で見た方がいいよ”

 

はっとしました。

そして、そうだよね~って思いました。

 

私自身、少しでも上手に写真を撮りたいという事で頭がいっぱいになって

こんなにきれいな紅葉を、目で見て、感動することが二の次になっていたかも

って思ったんです。

 

カメラも大事。

写真を撮るのも楽しい。

でも、この紅葉のきれいさを自分の目でも見て

しっかり自分の心で感じないとね。

 

こんな歳になっても

若い子に、教えられることがまだまだあり

若い感性に、感謝です。

 

DSC01666

何気ない、こんな風景もきれいです。

 

コメント

  1. ゆり より:

    奥薗先生 今日の日記を読ませていただいて、何となくですが紅葉を詠んだ百人一首の句が思い出されました。・・・「奥山に もみぢふみわけ なく鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき」(猿丸大夫)「このたびは ぬさもとりあえず 手向山 もみぢのにしき 神のまにまに」(菅家)「あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり」(能因法師)・・・etc. 写真という便利なものがなかった時代に、昔の人はきっと紅葉の美しさや鮮やかさを、自分の目で見て感動して、後世に残る程の名句という形で残したのでしょうね。「しっかりと自分の心に感じ」ることから紡ぎ出されてきた言葉には、ある意味写真以上のパワーが宿っているのかもしれません。・・・勝手な連想であったとすれば申し訳ありませんが、そんなことを考えさせられました。
    まあでも、先生のお写真は本当に綺麗で素敵ですので、こうしてシェアしていただけるのは読者としては嬉しいですが(笑)。
    私も若い世代(高校生や大学生・大学院生など)と接する機会が非常に多い仕事をしていますので、よくドキリとさせられたり、気づかされることがあります。異世代交流、本当に素敵なことですね。心を柔らかく保つためにも、大切なことかと・・・。

    1. 奥薗壽子 より:

      本当、そうですね。言葉は、きれいな景色を残すための手段ですね。この綺麗な景色を、誰かに伝えたいという思いは同じなのかも。 

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